人前に立つことが恐怖から安心に変わる①

こんにちは!認識コンサルタントの、目黒真由子です。

 次は、過剰な緊張症だった頃からの

物語です。

 

小学生の頃から手に汗握る・・・

記憶にあるのは、教室で

先生が質問した時のこと。

簡単に解る答えに、答えたいと思っても、

体は固まり、足は震え、手に汗握る。

そして考えて考えて、えいや!

手をあげる前に誰かがすでに答えている笑

前に立っても、ガチガチで恐怖を感じる前に

頭がフリーズ。顔もフリーズ。

1:1とかならまだ大丈夫で、話もできる。

だけど、人数が増えると途端にダメになる。

 

小学生でその状態ですから、大人になっても

直ることもなく、月日は過ぎました。

大人になると、何事もないように平然と話すフリをして

でも、緊張で喉は閉まり、声が思ったようにでない。

声が震えて、笑顔は皆無。

 

いつも悩みではありました。

なので、人前でもっと話せたらと思っても、

怖くて、結局人前に立つことを

避けてきたのです。

 

間違ったことを言えない恐怖

私は、自分の父の素顔を知られたくない

あの親の子だからと思われたくない!と言う強い思いと、

家の恥を晒したくないという思いで、

外では良い顔をして笑顔で過ごしてきました。

良い子なら丸。

バツをつけられないように、いつも振る舞いや

言動に気をつけていました。

 

なので、無意識にリスクを避けるようになりました。

意見などを言えば、必ず反発がくる。

なので、人の動きを見て差し障りない方を

選択するようになっていました。

考えは基本言わない。でも、合わせるところは合わせる。

そこに、どれだけの神経を集中させていたか。

自分より、周りの目が気になって仕方ない。

 

だから、手をあげることも恐怖。

前に立って話すことも恐怖。

 

異常な緊張は、人からの批判や間違ったことはできないという

強迫観念的なものだったのです。

 

なので、仕事をし始めてからも

翌日、指導者のポジションがついていると、

失敗やわからないことがあってはいけないと勉強したり、

不安で、睡眠時間はいつも3〜4時間でした。

 

私は、自分の生きたい毎日よりも、

周りに良い人と思われる生き方を

無意識に選択してきたのです。

 

間違いが起きた時は、なんどもそのシーンが蘇り、

恥ずかしさやみっともなさを感じ、

それをなんども反復させ、二度と同じ失敗を

繰り返さないよう、イメージシュミレーションをしていました。

 

今考えると、息が詰まりそうな毎日だと思います。

楽しいよりも、恐怖や不安しかない。

 

認識技術がなかったら、死ぬまで

これを繰り返していたのだろうなと思います。

だから、病気という形で

体をストップさせた時期もありました。

 

次に続きます♪